2011年 11月 17日
識名園 |






那覇市 識名園。
中国からの冊封使を接待する場として創建された琉球王府の別邸。
かつては首里城から石畳が続いていたという。
第二次世界大戦で庭園、建築とも壊滅的被害を受けたが、その4年前に作成された
庭園史家・吉永義信氏による実測図を元に、昭和50年から修復が始まった。
アプローチは、曲線とレベル差で多様なシークエンスが演出されている。
建物廻りの直線的な石塀は自然との境界域を生み出している。
by dan_maruyama | 2011-11-17 16:27 | 風景 | Trackback

